みんなのかめぴょん

こんにちは、みんなのかめぴょんです。自称おもしろ長文ブロガーです。基本的に文章は長いですが読みやすいと思いますよ。笑える文章を目指しています。

レターポットを理解できない方々へ

こんばんわ、かめぴょんです。

今回は少し挑発的なタイトルを付けましたが、キンコン西野さんが作るレターポットについて皆様の発言に違和感を覚えたので、僕なりの見解を書いてみます。

すいません、今回のブログはかなり長いです。
なので「レターポットとは」という導入部分は完全に割愛します。

読みに来てくれている方は「レターポット知っている」前提でお話をします。

camp-fire.jp

さて、今ファンの間で議論になっているのがレターポットの換金問題です。

当初は文字を送り、もらった側が換金できるとなっていた。

たとえば、僕があなたの誕生日に「お誕生日おめでとう…」という500文字の手紙を書きます。
500文字なので、「×10円」で、5000円の請求が僕に来て、
支払いが済み次第、あなたのレターポットに500文字(の手紙)が振り込まれます。
あなたは運営に申請を出して、500文字を5000円にしてもいいし、レターポットに貯まっている文字(レター)を使って、被災地に「頑張ってください」という手紙を贈ってもいい。
その手紙の文字が、そのまま被災地支援になるわけです。

(campfire 「キンコン西野の新サービス「レターポット」の会はいつ費用を集めたい」より引用)

しかし、ここに来てキンコン西野さんは「別に換金装置いらなくね」「換金できなくてもレターって回るよね」と言い出したのです。

そうなると「換金できなきゃ意味がない」「レターで買い物ができるお店があれば、換金はなくてもいいです」などの意見が増えた。

西野さんはこうも言った「現金に換金しなくたって、レターで買えるじゃん、なんで買えないの?」と。

もう、みんなチンプンカンプンです。

チンプンカンプンすぎて「換金のシステム作るのがいろんな規制があったから、後付けで色んなこと言って正当化してるんじゃないか!」みたいな意見も出ているようです。

でも、こうも書かれてるんですよね。

今回作るのはテスト版。
換金できる仕組みは、後々、付け足すとして、まずは「価値のある文字」を贈り合う装置を作りたいと思います。

(campfire 「キンコン西野の新サービス「レターポット」の会はいつ費用を集めたい」より引用)

 

僕も最初は換金できなきゃ意味ないじゃん。

と、思っていました。

でも、想像すればするほど「あ!換金装置いらない!!」って思ったんです。
僕がどうしてそういう考えに至ったかを徹底解説します。

長いです、本当に長いです。

どうかお付き合いください。

目次

 

1:換金が必要ないと想像出来ないのは「レターポット」をお金だと思っているから

まずは一番最初に考えなきゃいけないのは「お金って何?」です。
お金とは「共通の価値観」だと思います。

例えば、10000円あればなんでも買えますよね?
うまい棒だったら1000本買えるんですよ!

ココで重要なのが買うというか、厳密にはうまい棒1000本と10000円札」交換しているんです。

まずは10000円札ってです。
「この紙とうまい棒を交換してくれる相手がいるから成り立つんです

それは皆この紙うまい棒1000本同じ価値だという共通認識があるんです。

昔読んだ漫画にこんなシーンがありました。

北斗の拳という漫画です。
「暴力が支配する世界で水や食料は強いものが独占する」という世界です。

なんかモヒカンのやつがヒャッホ~~~!!って言いながら、車を追い詰めて水や食べ物を奪うんです。

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(画像:「北斗の拳」より引用)
そして更に車の中からバックを奪い開けるんです。

「ん?なんだコイツ金なんかもってやがる。今じゃケツふく紙にもなりゃしねーのによ」と言うんです。

わかりますか??

このエピソードを子供の頃に読んで2つの疑問を感じました。

一つは、10000円札は「ただの紙」だということ、うちの息子がお絵かきで使っている紙とさして変わらないと言う事

10000円札も息子のお絵かきも同じ素材なのに、10000円札はうまい棒1000本にできるが息子の絵にその力はない。

同じ素材なのにだ。

(同じ紙で出来ています)


それは僕らが全員「この紙(一万円札)には10000円の価値があると信じている」からです。だから、通貨として成り立つんです。

僕の息子の絵に価値があると信じてるのは僕と妻だけなんです。
だから、通過として成り立たないんです。

でもヒャッホ~~~!!っていってるモヒカンにとっては10000円札も僕の息子の絵も同じ「ただの紙」なんです。

お金とは「紙切れ」10000円の価値があると全員が信じている」事なんです。

そして、もう一つの疑問はさすがに「ケツふく紙にはなる」ということです。

こうやってクシャクシャやれば絶対にケツふく紙にはなります。

2:絵画の値段について

皆さんゴッホひまわりって絵を知ってますよね?

世界の名画 ゴッホ ひまわり(12本のひまわり) ジクレーキャンバス複製画F3号豪華額装品

これが53億円って知ったとき、心の底から嘘だろ?って思いませんでした??

だって、どんなに芸術性があっても突き詰めれば紙と絵の具ですよ。

でも53億円なんです。
なんでかというと「この絵は53億円だ」と言った人がいて実際に53億円だして買った人(安田火災海上保険)」がいて、その取引を見た人たちがたくさんいて、取引が成立したんだからこの絵には53億円の価値があるって全員が信じたんです。

だから、ひまわりは53億円なんです。
この絵にはうまい棒5億3千万本分の価値があるって全員信じてるんです。

僕の息子が書いた絵も同じく紙と絵の具です。
でも、信じてるのは親だけだから、世間的には価値はない。

つまり、信じてる人の数が多ければ価値が生まれるんです。

ゴッホに限らずピカソの絵とかもなんでこんなに高いの?って思いましたよね。
絵画ってなんでこんなに高いの?って疑問持ちましたよね。

じゃあ皆さん、なんで紙幣ってただの紙とインクだよなって疑問を持たないんですか??

3:「新しい通貨」この表現が皆を混乱させている

タイトルのとおりだ、開発者の西野さんが「いや、だからなんでだろ…全然伝わんねぇ」と語気を荒らげるのはココだ。

ココの認識の違いからだ。

現時点では西野さんが発している「新しい通貨!」という言葉は、僕たちにはメダパニ!」としか聞こえないのである。

ちょっと紐解きましょう。

皆さん「新しい通貨」と聞くと、今のお金より「便利なもの」を想像してませんか??

ちょっと謎めいて聞こえるかもしれませんがレターポットは便利じゃダメなんです。

便利を追求したら日陰になる価値観に光をあてる装置なんです。

 

言いすぎかもしれませんが不便じゃなきゃだめなんてです。
アプリの操作性の話じゃないですよ。操作性は簡単じゃなきゃいけない)。

 

例えばご祝儀に使う水引ってあるじゃないですか?
便利さを追求して、今は印刷されてるんですよ。

便利を追求したら日陰になった価値観ですよね?

赤城 祝儀袋 多当 結切 10枚入 タ983020


さて、話を戻しますが皆が思う通貨物やサービスと即時交換できるなにかだと思います。
なにかとは「硬貨」「紙幣」「商品券」「クレジットカード」等です。

でも、レターポットはこの「なにか」じゃないんです。

西野さんがどう考えてるかはわかりませんが、少なくとも「通貨」=「なんにでも即時交換できるなにかではないんです。

でも、僕らは通貨と聞くと、そのなにかとして考えるから話が合わないのです。

これは方言の誤解と一緒です。
僕は北海道出身で方言に「おっちゃんこ」という言葉があります。

座るという意味で、よく子どもに「ほら、おっちゃんこして(座って)」と言います。

しかし、東京でよその子どもに言うと「え?なに?おっちゃん?」である。

悪意たっぷりに捉えると「はぁ?うちの可愛い息子のどこがおっさんなのよ!!」とキレられるかもしれない。

それくらい西野さんの言う「通貨」と、僕らが想像する「通貨」に意味の違いがあるのだ。

おっちゃんこおっちゃんくらい同じ響きなのに全く想像しているものが違うのだ。

話が合うわけがないんです。

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(バンボにおっちゃんこする娘)

 

4:「お金にならなきゃ価値がない」って感覚捨ててみませんか?

さて、先ほどの続きですが、皆が思っている通貨(なんでも即時交換できる紙)で話を進めてしまうので

「10レターあったら100円分の買い物ができるということですよね??」

「どうやって換金するの?」

「どうやって自分の欲しいものを手に入れるの?」

となってしまうのです。

冷静に考えてほしいんですが、100円分の物が欲しければ、10レターより絶対的に100円の方が使いやすいです。

 

もう誤解を恐れず言いますと、レターポットは新しい通貨じゃありません

正確には「みんなが思う通貨」ではないという事です。

 

いい言葉が見つかりません。

「新しい価値」「感情の資産化」どれもあっているようで違う。

言葉が見つからないという事は誰もやっていないという証拠です

いかにも西野さんが好きそうな事を証明したようなものです。

言葉が見つからないとはそういう事です。

 

突然ですけど、コーヒーを初めて作った人ってすごくないですか?

「黒くて、苦くて、変な匂いのする飲み物」ですよ。

 

コーヒーがこの世に存在しない状態でいきなり
「俺が作った飲み物飲んでみろ、うまいぞ」って言われて飲んだら

 

僕が初めての被験者だったら

「苦い!まずい!!こんなのぜってー売れねぇよ!!」というだろう。

 

でも、皆が苦みと香りの楽しみ方を理解したから、価値が生まれて「コーヒー」という言葉になって今みたいな価値が生まれたんだと思います。

レターポットの挑戦ってこういう事なのかな?とふと思いました。

(これは僕の想像なので、コーヒーの歴史は知りません。)

とにかく、なんにでも即時交換できるもの=通貨という考えを捨てましょう。

もう僕たちの頭はお金に支配されているので「なんにでも即時交換できるもの」にしか価値がないと思っているんです。

先にも触れましたが、ピカソの絵を所有してたって頭がお金に支配されていると

「どんなに高くたって、お金に換金できないなら持ってても何の意味もないじゃん」っていうんです。

絵本来の価値じゃなくて、「お金に変えられる絵」もしくは「入場料をとれる絵(金を生む絵)」にしか価値はないと思っている。

 

ね?

 

一回「お金にならなきゃ価値がない」って感覚捨ててみませんか?

5:レターポットの位置付け

もし皆様がレターに求めるものが「物やサービスと即時交換できるなにか」であれば、それはもう現金最強です。

国民の全員が紙切れ10,000円の価値があるって信じ切っている、この日本においてはより便利なものを作るのは不可能です。
ましてや円を数値化して決済する「クレジットカード」も普及しており、ほとんどの店で使えるくらいインフラも整いました。

もう現金より1段階ギアが上がっています。
ギアセカンドです。

ワンピース ギアセカンド クリーナークロス

 それでも時代が進むのは止められなくて、最近はVALU」「タイムバンク」なども出てきております。

 

この話を始めると脱線しそうなので簡単にします。

ビットコインも含め仮想通貨はお金流動性を持たせたんですね。

1万円札は明日も1万円札ですが、ビットコインの価値は変動するんです。

今日はうまい棒1000本の価値があるかもしれないけど、明日になるとモヒカンがヒャッハー状態になるかもしれないのです…

ほら、脱線した。

4行で脱線した。

話を戻します。

 

 

もうお金の性能って最たるところまで来てると思います。

これ以上便利にはならないのではないかと思ってるんです。

でも、やはり上記の仮想通貨が出てきた。

その進化の仕方って4Kテレビに似ているような気がします。

4Kテレビ初めて見たとき「すげーー」っていう感動と「そんなに綺麗じゃなくてもよくない?」と思いませんでしたか。

お金もこれ以上ギアを上げると「もう機能としては十分じゃない?」になると思います。

そして、ここが一番大事ですよ!

レターポットは、

円にとって代わる通貨を作ろうとしているわけじゃない!!

 円は円で、お金としての機能を十分に兼ね備えています。

まるでスキが無いくらいに。

 

なので「レターで好きなものを自由に買う」という経済は成り立ちません。

(↑みんなココを想像している気がします)

 

ごちゃごちゃ書きましたが、絵にするとこんな感じです

 

(図1:みんなが想像するレターポットの位置づけ)

 

(図2:別に現金の代わりにはならないよ)

 

(図3:ココがレターポットです)

 

6:レターポットはコッチって、コッチってなに?

 レターポットの本質は「物やサービスの対価ではない」という事です。

 ・払うから、もうらう

・もうらから、払う

 

そういう経済は現金(円やドル)に任せましょう。

もう十分機能してますから。

 

レターポットは厚意に対して支払うものだと考えてます。

こう「支払う」という単語を使うとまた「現金」の支払いイメージを持ってしまうと思います。

 

まず支払い方法ってお金だけじゃないでしょ?


例えば、友人の引っ越し手伝ってもらって、その友人が引っ越しする時には逆に手伝ったりしませんでした?

これって、対価を労働力で支払ってますよね?

支払いって必ずしもお金でするものじゃないんですよ。

 

どこで見たかも知らない映画なのかコントなのか知りませんが有名なシーンがあるじゃないですか?

「おうおう、ねぇちゃん金がねぇなら、体で払ってもらおうか」って。

 はい。

最悪の例えを出してしまいました。

こんな例をだしたら僕の印象が悪くなる。

 

さて、先程の図3の「コッチ」ってなに?ですが、それは手伝いや手間、物々交換だったりですよね。

対価がお金じゃない世界。

レターポットってここなんです。

 

7:お金は冷たい

 

 こんなことって経験ありませんか?

「いやー頑張ってくれてありがとう」

「いえいえ」

「これ少ないけど取っておいて」

「いや、そういうつもりで手伝ったわけじゃないんです」

「いやいやいや。受け取ってもらわないと、それだけのことしてくれたから、ははは」

「いや、そういうわけには・・・」

「ほんと、ね、ね、大丈夫、受け取って」

「はぁ、ありがとうございます」

 みたいなの。

なんとなく想像つくでしょ?

 

さて、この青年はこのお金はうれしいでしょうか?

まぁ、うれしいかうれしくないかで言えば、もちろんうれしいと思います。

 

でも、なんか厚意をお金で清算された感じしませんか??

お金ってそこが冷たいんですよ。

 

どんなに親切をしても、お金をもらっちゃうと厚意や恩が清算されちゃうんです。

つまり、親切が価値と等価交換されちゃうんですね。

 

例えば、さっきの引っ越しの例で行くと

僕が引っ越しを手伝ったとするじゃないですか。

もしお金もらっちゃうと、もうそれで終わりですよね。

 

でも、お金もらわなかったらその友人は

「今度かめぴょんが引っ越すなら手伝うよ」とひとつ恩が生まれるじゃないですか。

 

そして、その恩って見えないですよね?

いや、別に見えなくてもいいんですけど、今回のレターポットはそこが可視化したら面白くない??

って、話なんです。

 

仮に、僕がめっちゃ人のために無償で何か行動をしていたら、僕に感謝する人がいっぱいいるじゃないですか?

僕の友人で、農業をやっている人がいますけど、その方は間引きした野菜を無償で、いや時には自分が交通費払ってみんなに届けるんですよ。

やっぱり、すごい信用されてる人なんですよ。

レターってそういう人の厚意、いや好意と言ったほうが正しいのかな

そこを可視化したら、美しくてあったかい世界が見れるじゃないかっていう提案ですよね。

TVで見る編集されたいい話のドキュメントより、レターいっぱい持ってる人の行動を目の当たりにしたほうが絶対に感動しますよ。

 

レターポットはそういう装置になりうるんです。

 

確かに新しい通貨だけど、金の話なんかしてないんです。

というかしちゃだめなんです。

 

人の厚意ってあたたかいんです。

でも、お金を介したら温度はゼロになるんです。

できれば温かいまま回したい、それがレターポットです。

8:昔はあったんです

先程の章のタイトル通りお金は冷たいのです。

それはここまで読んでいただければ、その冷たさは分かってくれたと思います。

 

でも、昔の人はすごいもんで知ってたんですよ「お金が冷たい」ってことを

昔はあったんです、厚意を温かいままにしておく風習が。

それは手間返しです。

昔の田舎ではよくある話だそうですが、誰かが家を建てるとなれば当たり前に手伝う。

そして、手伝ってくれた人にはお金や物を渡しちゃいけないというルールがあるんです。

 

手間は手間で返す。

地方によってはこれを「結(ゆい)」と呼びます。

 英語ではペイフォワードあたりが該当するのでしょうか?

 ほら!お金を介さないと温かいでしょ?

 でも、これは同じ地域に住み続けていた時代だから成り立ったのです。

 今は時代が違います。

でもインターネットがあります。

 

昔は良かったと嘆く前に

今の時代でしかできない形の「恩送り」ができないか考えたくないですか?

 

インターネットって匿名性の高さから人を傷つける「文字の刃」ばかり生まれました。

そろそろ、同じインターネットからあったかい文字作りたくないですか?

9:レターでなんでも買えます

レターポットで送るのは、本音のありがとうです。
(おめでとうもあるかな?)

いや別にラインでもよくね?ってなります。

もちろんいいと思います。

 

でもレターポットは「わざわざ無料で送れるのに、お金を乗せて送ってきている」

その厚意に価値があるんです。

 

このわざわざやってくれたというのがいいのです。

 

例えば「お父さんありがとう」ってプリントされた手紙を5歳の息子にもらうより、5歳でまだ字が書けないのに、わざわざお母さんに一生懸命字を教えてもらって書いてくれた文字ってすごい泣けるじゃないですか?

 

めっちゃ価値があるじゃないですか??

 

換金できないんですか??というのは、このきったねー「お父さんありがとう」をお金にできないんですか?何が買えるんですかって聞いているのと同義です。

 

変えませんよ、お金になんか。

でも、このレターを他の人に贈れるなら素敵ですよね。

誰かに「いつもありがとう」にして贈れるかもしれない。

僕はその人に贈りたいのは金銭的な価値じゃなくて「感謝の言葉を貰うってうれしいよね」という体験を贈りたいのだ。

 

さらには、息子が書いたきったねーありがとうは確実に僕に刺さり、確実に僕は息子に愛を注ぐ。

西野さんは「レターは換金できるよ、なんでも買えるよ」というのはここだと思います。

 

 (ハッピーセットを待つ5歳の息子)

 文字で欲しいものは直接買えないけど、恩を送り続けていれば、当人が本当に困った時には必要なものがあれば必ず誰かが分けてくれるはずです。

これって、レターを換金したことになりますよね?

レターで買ったことになりますよね?

困ったときに必要なものが手に入るってなんでも買えるってことですよね?

 何度も言ってあれですが「レターで買える」とは

自分の私利私欲を満たすものを自分のタイミングで買えるじゃないんです。

金じゃないんで。

 

レターで買えるというのは

自分の必要な時に、必要なものや助けを得られるという事です。

まさに信用そのものです。

10:お金持ち幸せ主義

 レターはもらったらお金に換えてほしいものに変えられなきゃ価値がない

と考えてるならレターはやめたほうがいいと思います。

 

「お金持ち=幸せ」という、お金持ち幸せ主義から抜け出せていないからです。

とにかく、私利私欲じゃなくて他人を喜ばせるために動いて動いて動いていればレターは勝手に集まるのかなと思います。

レターいっぱいもらえる人って、魅力的ですよね。

だって、そんなに人から信用されてるんだもの。

金で物を買うよりよっぽど価値があると思うのは僕だけでしょうか?

 

「レターで物を買う」という頭から、一回離れましょう。

 

このブログ書いてて昔の歌思い出したので替え歌にします。

ミスチルの「名もなき詩」です。

 

レターはきっと奪うでも、与えるでもなくて、気が付けばそこにあるもの

11:信じてみます

 レターポットはまだ生まれてもいません。

信じている人はゼロです。

 

価値とは信じている人の数だと2章で触れました。

そう考えると、レターポットは息子のお絵かきと同じで無価値です。

 

今、無価値のレターポットの向かって「換金できないならレターに価値はない!!」って大声で言っているのは、納豆に向かって「おまえ腐ってんな!!」って言っているのと同じです。
「わかってますよ」としか言えない。

 

レターポットの価値はこれからつけていくんです。

育ち方によっていい子にもなるし悪い子にもなります。

 

完成品をお金で買うことに慣れ切った僕らには馴染みがないが、レターポットの最大の楽しみは

どんな価値になるかわからないものをみんなで育てていく事じゃないでしょうか?

 

今はまだ無価値ですが、信じる人が増えたら価値が生まれます。

 

信じられないですよね?

ただの文字に価値が生まれるなんて。

 

でも僕は信じてみようと思います。

 

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・・・ところで、あなたが大事に持っている一万円札、それってただのインクですよね?

 

 https://letterpot.otogimachi.jp